葵上、六条御息所の鬼_1
鬼をはじめて観たのはおのうの「道成寺」だった。
落ちた鐘の中から、のそっと出てきた清姫は、口が裂けツノが生えた恐ろしい面に変わっていた。
その次に鬼を知ったのは、本の中だった。
梨木香歩さんの著書『からくりからくさ』に、その鬼は出てきた。
平成11年に単行本が出たので19年前。著者の作品が好きで読んだのだが、そこには能面の話が出てきたのだった。
能面に「般若(はんにゃ)」という面がある。
これは人間の女性が変化(へんげ)した顔とされる。
口は大きく裂け、歯は牙となって飛び出し、眉間にしわを寄せ、目は落ちくぼみ目玉は金に光る。
もちろん生え際のあたりには二本の角が出ている。
その能面から人間だった過去は読み取れない。
突然人間の顔を破ってこの般若になるわけではないことは、もうひとつの「生成(なまなり)」という面を見ればわかる。個人的には、生成の方が恐ろしい。
口は裂けはじめている。牙も角も出てきつつある。でもまだ人間である、状態。
生成は、まだ人間の心を残している。
徐々に変わっている。だから、怖いのだ。
和式の結婚式で女性は白無垢にツノカクシを被る、というのは知っていた。だがその漢字が「角隠し」だと知ったのはいつだっただろう。
ツノが出る可能性があるから結婚式でさとられないようそこを隠す…あるいはおまじないで被るんだきっと…と思って驚いた。
しかも現代はさておき結婚する女性はみな被った。ということは女性は全員、ツノが出る可能性を秘めているということになる。
ただ、角隠しの由来ははっきりしていないので、こういった解釈は後付けかもしれないが、いつからかそういう認識はあったのだろう。
最近、通いの整体師さんに角隠しの話をふとしたことがあったが「頭の骨ははり合わせてできていますから、ちょうど角に当たる部分が境目ですこし隆起することがあるんですよね」と言っていてさらに驚いた。
時々自分の生え際あたり、ツノが出るならここかなというところを触って、ほぐそうとしたりしている。
たしかにおのうでも、変化するのは女性ばかりだ。
武将など男性も恨みつらみを抱えた怨霊としては出て来るが、悲しい顔をしていても人間の様で出てくる。
※ 梨木香歩『からくりからくさ』新潮社、1999年(新潮文庫、2002年)