土蜘蛛、哀しい存在が語りかけること_1
洗濯物を干していたら、欄干の角に、小さな蜘蛛がうすく巣を作って留まっていた。
顔を近づけるが、赤茶色の本人はすまして知らんぷりしている。
うーん、と一瞬悩んだが、洗濯物が干せなくなるのも困るので、適当な紙を持ってきて、すくうようにして巣をはがす。
小さな蜘蛛は大あわてで欄干の鉄の棒に逃げ、糸でぶら下がっている。
二階で、木の枝がすぐ手の届くところにあるので、そこに少々崩れた巣を引っ掛けた。
君もあっちだよ、と紙をさしだして誘うが、糸を垂らしてそのまま逃げてしまった。
申し訳ない気持ちで、崩れた蜘蛛の巣を見つめる。
蜘蛛は小さいから見ていられるが、これが自分より大きかったらと思うと、ぞっとする。
蜘蛛にしてみたら、こういう姿に生まれついているんだから仕方ないでしょ、と思うだろう。こわいって言われても困るし失礼だよ、君。
ゴキブリなんていまのサイズでも鳥肌が立っているのに、こちらが小さかったらもう生きている心地はしない。
向こうからしたら、人間の方が奇妙だしこわいし理不尽に殺されるし法で裁いてもらえるわけもなく、逃げるしかない。
仲良くなるなど、とうてい無理な話。
自分と違う姿形のものを忌み嫌う。
それは本能的な恐怖だったとしても、とても悲しいのは、やはりおのうの「土蜘蛛(つちぐも)」を観てからだと思う。
本能的な恐怖が、差別へ、そして排除へと変化していく。
かつて武勇を誇った源頼光(みなもとのらいこう)という人がいた。この人は実在とも言われている。
その頼光が病で臥せっている。
そこへ、僧侶が現れる。
僧侶は、変装した「土蜘蛛の精」だった。
土蜘蛛は、恨みを述べ、蜘蛛の糸を頼光にけしかける。
2人は斬り合いになり、傷を負った土蜘蛛はそのまま姿を消した。頼光はすぐに家来を呼び、血をたどれば奴は見つかる、と土蜘蛛退治を命じる。
この島の全面的な支配を最初に拡張していったのは大和朝廷ということになっている。
歴史の授業では「大和朝廷が支配した」ことだけ覚えていればよかったのを覚えているが、ことはそんな一言で片付くものではもちろんない。
それぞれ村単位で暮らしていた人たちを口説き、なだめ、脅し、そうして時には力づくで、支配というのは成されたはず。
当然、反発や反対勢力を生むことになる。土蜘蛛は、そうした支配で傷つけられ、反勢力となった土着の民を表していると言われる。
大柄で、強く、威圧的で、「土」のにおいがする人々だったのかも知れない。
かつて渡来した人が稲作を伝えたとも言う。
おのうの芸能の原点は、聖徳太子の頃、秦氏が伝えたと言われる。渡来人である。
織や焼物の技術も、渡来。もうすでに、一部の国際化は進んでいた。どこからどこまでが日本だ、日本人だなどと言えない。
そしてその混沌とした土地に、土蜘蛛もたしかにいた。
葛城山に古くから住み、排除された恨みから天皇を祟ってやろうとした土蜘蛛は、大乱闘の末、結局頼光の家来たちに打ち伏せられてしまう。