ノーノーノーライフ(No Noh,No Life)

能狂言のこと、伝統芸能のこと、観劇レポートなどをかきます。15歳ころ能楽に出逢う。多摩美術大学芸術学科卒。12年間伝統芸能の専用劇場に勤務。スペースオフィスというユニットで能狂言グッズなど作っています。Twitter@ofispace

善知鳥、赦されない猟師_2

(1からの続き)

 

「善知鳥」の猟師は、善知鳥のおかげで生きていたにもかかわらず、生前あまり鳥に感謝しなかったようだ。

というのも既に、とっくに神話は忘れ去られ、人間の都合主義に陥っていた。あるいは、それは個人に依るかもしれないが、全体としての動物に対する神話、対称性はなくなっていたのだろう。

しかし古い思想は、海で囲われている日本で、完全に消え去るのは、きっと難しい。

だからこそかろうじてまだ殺生を禁じていた仏教と、猟師という罪を背負った職業がおおっぴらに存在することを、「善知鳥」はぶつけてきた。

 

 

 

私の肉断ちについては、恥ずかしいのであまり話したくないが、無理に行動したことで考えは少し進んだ。

私ひとり肉を断ったとて、スーパーの肉パックの仕入れの数は変わらない。牛豚鶏にはまったく何の影響もないことに気づいて、無力感に苛まれた。だったら、もう殺された彼らを、美味しく食べた方が「まだマシ」なのではないかと悩んだ。

ひとりでは何もできなかった。矛盾だらけのまま、高校生の食生活は続いた。

 

肉食のことを考える時、いつも宮沢賢治の『よだかの星』を思い出していた。

よだかは「夜鷹」と書く。醜いため他の鳥たちからも見下されいじめられ、鷹からは、鷹の名前を使うなと改名を迫られる。

よだかはキシキシキシと不気味に鳴き、かわいくも美しくもなく、羽虫を食らう。飲みこむ時に、カブトムシが喉でもがく。

カブトムシを飲み込んだよだかは泣き出した。羽虫を食べる自分、自分を殺してやると言う鷹。それがつらくて、もういっそ飢え死にしよう、と餓死を選ぶよだか。

それでも最後に光になりたいと、限界まで空の高みを目指したよだかは、星になった。

 

肉を食べなかったのは、よだかと同じ、他の命を犠牲にしてまで生きる価値など自分にはない、という無力感と怒りから来ていた。

それは神話を忘れ人間主義となった、人間に対する怒りでもあった。そして人間である自分への怒り。

いまは普通にスーパーで肉パックを買って食べている。便利さと、殺すというつらい行為を自分でしなくていいことに感謝している。

矛盾していることに変わりはないが、いま、この世界で生きる、とはそういうことで、そこからひとり抜け出しても、根本的な悲しみの解決にはならない。

ベジタリアンを選ばなかったのは、肉にかんする矛盾から逃げず見極めたいと思ったから。

 

最近、長いこと体調をくずした後で、とにかく血の廻りが最悪ということで焼肉を食べに行った。

赤身が皿に乗って出てくる。

体調が悪く、あまり食べられない、何も食べられない、という期間がくりかえし続き、やっとある程度食べられるようになり…弱りきった私の肉体に、赤い誰かの肉はしみていった。

誰かの肉が私の肉になり、私は生きている。こちらがどう思っていようと、動物たちはその肉で人を生かす。見返りなど求めてはいなくて、そのことがまた悲しかった。

なぜ人間だけがこんなに罪深いのか。特に、都会の人間。

 

 

祖父母の島はいま、ジビエで話題の猪に席巻されようとしている。

猪はずっと島にいなかった。私が中学生の時とつぜん島民の前に現れた。

祖母は、島から島へ海を渡ってきたんじゃろと言っていた。根拠はなかった。島がぽつぽつあるにしても猪が遠泳して渡り来られる距離ではないと思った。

島へは陸からフェリーで2時間かかる。フェリーでどこかに隠れて乗って来たのだろうと話していた。

確実にさつまいも、じゃがいもの類からきれいに食い尽くされ、スイカ畑は荒らされる。猟師を度々やとったらしいが腕が悪いのか、猪が賢いのか、何年経っても1匹もつかまらない。

人間を裁きに来た精霊だろうか、と思っていた。

 

海上保安部が瀬戸内海を泳ぐ猪の撮影に成功し、ニュースになったのは数年前だ(YouTubeに高松と松山の海を泳ぐ猪の動画が残っている)。

 

海泳ぐイノシシまた出現 高松海保が映像公開 - YouTube

 

本当に祖母の言う通り泳いできたと驚き呆れると共に衝撃を受けた。彼らが島に命がけで泳いでやってきた理由は、きっと、人間と同じだ。

居心地良く食糧に困らずあまり苦労せず、戦って傷ついたりしなくていい場所。それを、探していた。

心地よく生きていたいのは、人間だけではない。

 

 

 

「善知鳥」の猟師には、妻子がいた。妻子は大事だった。それなのに鳥の子は殺した。

苦しみ悲しみは、鳥も人間も同じことだったのに、と地獄に堕ちた猟師は言う。

 

生きる矛盾を、これからどうしていけばいいのか。

狩猟民の思想に興味を持つ人が、3.11いこう増えていると感じる。

高校生の時には一切持てなかった希望が、いまは少しあることに気づいている。

 

 

f:id:kameumi:20180511153747j:plain

むかし古本屋で見つけた、宮沢賢治の4作品が載ったアート本。よだかの星はいつもこれで読む。